1999/12/05 朝日新聞

 政府や地方自治体などの公共部門や企業などの民間部門だけでは解決できない社会保障や環境、教育などの問題に取り組む社会的な担い手として、民間の非営利組織(NPO)や非政府組織(NGO)などの非営利部門が注目されるようになった。世界の状況を調べると、この部門は、雇用などを通じて経済的な担い手としても大きな役割を果たしていることがわかる。政府・企業・非営利の三部門が協力と補完の関係をどう結んでいくか、総合的に考えるときがきている。

高成田享(アメリカ総局長)

NPOなど急成長の非営利部門

雇用力で経済に貢献

 米ジョンズ・ホプキンズ大学が最近、『グローバル・シビル・ソサエティー--非営利部門の重要度』と題した世界の非営利部門についての報告書を出版した。同大学のレスター・サラモン教授を中心とする非営利セクター国際比較プロジェクトがまとめたものだ。

 それによると、調査した22カ国(欧米や日本などの先進国と東欧、中南米諸国)の非営利部門の経済規模を労賃などから算出すると、総額は1995年で1兆1千億ドルになり、調査国全体の国内総生産(GDP)の4.6%に達した。無給のボランティアの活動なども換算すると、GDP全体の5.7%に匹敵する規模になった。

 雇用面でみると、有給職員だけでも1900万人が働き、非農業雇用者の4.8%を占め、これに無給のボランティアを加えると、非農業雇用者の6.9%に達した。

 非営利部門の拡大は世界的な傾向で、同プロジェクトが94年にまとめた日米欧の8カ国の調査と今回の調査とを比べると、調査対象の90年から95年にかけて、8カ国の雇用全体は8.1%の伸びだったのに対して、非営利部門の伸びは24.4%で、この部門の成長が著しいことを裏付けた。

 非営利部門は急成長する「産業」といえるわけで、これからは、さまざまな運動を進める実行力だけでなく、大きな雇用力をもつ部門として、社会的な発言力も強めていくものとみられる。また、非営利部門が提供するさまざまなサービスは、政府や企業部門とも競合する部分があり、それぞれの部門が競い合うなかで、お互いのサービスの質が高まっていくものと期待される。

環境整備急ぐ日本

 日本の非営利部門は、同調査によると、GDPの4.5%(ボランティアを含めると5.0%)、非農業雇用者の3.5%(同4.6%)で、いずれも22カ国の平均以下。その財源をみると、世界では、会費や提供するサービスの手数料などが52%、国や地方自治体などからの補助金が40%、企業や個人など民間からの寄付金が8%となっているのに対して、日本は、会費・手数料が52%、補助金が45%、寄付金が3%で、民間の貢献度の低さが目立つ。

 日本では、特定非営利活動促進法(NPO法)を設けるなど非営利部門を育てる環境が整いつつある。今後、NPOに対する寄付の税控除などを広げ、企業や個人の「社会的貢献」についても国際的な水準に高めていく必要がありそうだ。

米ジョンズ・ホプキンズ大のサラモン教授に聞く

「21世紀は市民社会の時代」

 --「報告書」は、非営利部門が経済的にも大きな力をもっていることを明らかにしましたね。

 「予想以上の数字だった。経済全体のサービス化が急速に進んでいるが、非営利部門もこの流れに沿って、雇用の増大など経済的に大きく寄与している。製造業だけが経済成長に貢献するといった古い考えは変えないといけない」

 --なぜ、非営利部門が世界的に成長しているのですか。

 「第一に、さまざまな社会、経済、環境問題に直面するうちに、そうした問題の解決者と考えられてきた国家の役割について疑問や見直しが起きてきた。第二に、途上国や東欧で、教育的にも経済的にも恵まれた中間層が育つにつれて、生活の質を高めるのに、非営利部門を活用するようになった。第三に、情報技術の発達によって、都市でも地方でも国際間でも、容易に非営利組織をつくり、ネットワークを形成できるようになった。最後に、市場がすべてを解決してくれるという市場万能主義への疑問が出てきたことだ」

 --国民国家から国際機関や非営利部門への「パワーシフト」が起きているという見方もありますね。

 「人権問題でも、女性問題でも、国際的な基準からみて問題がある場合、NPOが国連などの国際機関に問題を提起すると、その国の政府は国際的な圧力にさらされることになる。外に向かって放った問題提起が国内に戻ってくるブーメラン効果が起きるわけだ。NPOが国際的な舞台で新しいプレーヤーとして動き始めたといえる」

 --日本の状況については、いかがですか。

 「経済規模でも雇用でも、先進国のなかでみると、低い水準だ。NPOが官僚機構を助けるものでないかぎり、育ちづらいという環境になっていたからだろう。しかし、日本はNPO法をつくるなど、この分野に大きなエネルギーを投入している。日本はいったん決めると、短期間に徹底的にことをなしとげることができる国だ」

 --世界的にみて、21世紀は、NPOの世紀になりますか。

 「次の世紀は、市民社会の世紀だと思う。市場でも国家でも非営利部門でもなく、この三つが協力し会う関係がつくり出す市民社会だ。こうした社会システムがさまざまな問題を解決していくだろう。非営利部門がこうした協力関係を主導したり、刺激剤や接着剤の役割を果たしたりすることを期待している」

Lester M. Salamon
プリンストン大卒、ハーバード大で博士号を取得したのち、政府行政管理予算局などを経て、現在ジョンズ・ホプキンズ大市民社会研究センター所長。非営利部門についての著作や論文を多く発表している。56歳。